2011年12月27日火曜日

将来「どんな関係だった」と語りたいのか?

最近Facebookなどをはじめとして、懐かしい面々と改めてコンタクトとったり、実際に会ったりすることが本当に多くなってます。




今のお互いを話したり、昔話をしたり、そんな時間はとっても楽しくて言葉は尽きず・・・。



お互い色々あったけれど、今となっては何を話してもとてもいい思い出だったりすることばかりです。



ただ、もちろんそうでない人もいます。



また会おうという事にはならないことももちろんあります。




一緒にいた時間や仕事をしていた期間の長さとかを振り返ってみても、決してそれに会うか合わないかが比例している訳ではないことに気づきます。




一体何が違うのか?相性?









そんな時、最近聞いた「我武者羅應援團」の言葉を想い出しました。


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「何かができた、何かができなかった、そんな結果ではなく、目の前の事に必死に一生懸命、我武者羅に同じ時代を生きたんだ。そんなことを皆様と私たちは応援という形にして一緒に、共に歩んで行くという約束をしたいのでございます。」


我武者羅応援団 ~結成秘話~ より

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我武者羅應援團についてはこちらをどうぞ(本当に素敵な人たちです)




これは彼らがなぜ「応援」をしているのかを語っている言葉の一部を抜粋したものです。




彼らはどんな時も、目の前にいる相手を全力で応援する人たちです。見ているのはその人の可能性に他なりません。相手がどんな状況であろうとも、可能性を信じて全力で応援し続けます。彼らは諦めません。




“同じ時代を生きた”という関係を多くの人と創りたいし、今自分の人生が楽しいと思っているのは全部ではないにしても、そういった“同じ時代を生きている”と感じれる仲間がいることを証明していると思う。




コーチとクライアントの関係も後から見た時に、「何かができた、何かができなかった、そんな結果ではなく、目の前の事に必死に一生懸命、我武者羅に同じ時代を生きたんだ。」といえる関係をこれからも目指したい。



そういった係わりが、きっと一番本人にとってよい結果が出ることだとも固く信じてもいます。




僕らが体現するコーアクティブ(意図的な協働関係)の世界は、こういうことだと思います。

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