2011年9月9日金曜日

母の最期と本当の声

何故、独立してコーチという仕事をしているのか?


独立するときも、してからも何度となく考えては言葉にしている問いです。


僕がコーチという仕事をしている理由は「その人の本当の声を聴く」という事だと考えています。


そしてそう思った僕の原体験はなんだろう?と考えた時に出てくるエピソードが

「末期がんの母親と家族の関わり」です。


母は8年前に癌であることが発覚し、6年前の4月に亡くなりました。






何度か手術や新たな治療法等も試しましたが癌の転移は止められず、その病院ではもう手が打てないと言われます。


母と家族で相談をし母は新たな治療法で癌を抑えるのではなく、緩和ケア、即ち痛みを抑え最期を迎える事を希望します。


母の性格も知っていたつもりなので、僕ら家族はそれを尊重して苦しまずに最期を迎えて母が一番望む状況をつくってあげたいと考えました。


その後あるホスピスを紹介され、母と僕ら家族、そして先生、婦長さんらと今後のことについて話す機会を持ちます。


ホスピスは痛みを緩和しながら最期を迎える場所なのですが、希望者をすぐに受け入れることはせづ、本人や家族の希望を聞いたうえで最善は何かを考えてくれます。


その話を進めるなかで、結論として最後は家族と少しでも多くの時間を過ごして行くのがよいのではということになりホスピスへの入院ではなく自宅での療養をすることになったのです。


先生や婦長さんも母の気持ちを汲もうと一生懸命に関わっていただき、やっぱり家族との時間が大事よねと母に何度も確認していたことを覚えています。もちろん母も同意をしていました。



僕らも、母に最期の数か月は交代で付きっきりになることを決めてその準備もしていましたが、その中で何となく気になっていることが僕にはありました。



「母は本当にこれがよかったのだろうか?」



何の根拠もないのですが、いわゆる虫の知らせです。


僕は母と2人の時に気になったので


「ねえ、お袋は本当はどうしたいの?」


と聞いてみると、しばらくして母は突然泣き出してこう言いました。


「みんなに家で面倒みられるのは嫌、ホスピスに行きたい」


僕は不思議とびっくりすることもなく、母が泣きながらも何か背負っていたものを下したような晴れやかな表情にも見えたことをよく覚えています。


家族に自分で何もできなくなっていくことで世話してもらうことは全く望んでいないし迷惑もかけたくない。そういうことはプロの世話になりたい。


みんなが無理しない範囲でお見舞いに来てくれれば十分だし、むしろそうしてくれたほうが嬉しいということ初めて僕らに伝えてくれました。


結局その後、母はホスピスに入り最期を迎えることとなります。


僕はこの経験を通して、周りの人が一生懸命善意でかかわっているときや、一番信頼できる家族が関係しているときこそ本当の自分の気持ちを伝えることは難しいのではないかと。


というか、そもそもそういう気持ちがあることも周囲の善意にこたえることで気づくことすらないかも知れないのではないのでは?


そんな考えが浮かびました。


きっと、あの時自宅で家族が世話をしながら母が最期を迎えることも普通にできたかもしれません。


世の中的には“いい最期を家族と共に迎えることができた”という事になっていると思います。


でも、本当の声は違いました。



こういうことは、常日頃起きているんだと思います。
家庭や会社、信頼できる人たちとの関わりゆえに起きることもあるのでは?



あの時母に気持ちを聴くことができて本当に良かったと心から思っています。



世の中的に、常識的にではなく


「その人の本当の声を聴く」ことが僕がコーチでいる理由です。

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