2010年9月29日水曜日

腹割って話そう!は、たちが悪い(システムコーチング)

「腹割って話そう」

結構聞く言葉です、職場、家庭、コミュニティなどなど。
個人的にはポジティブな印象のある言葉です。言葉になっていない部分をもし読みとるとすると、、
「腹割って話そう」の裏には、「もっとコミュニケーションを深いものにしよう」「まずは一旦全員の考えを知ろう」「関係性をより強いものにしよう」そんな、気持ちや思いがあるのではないかと思います。

とにかく現状から何か変化させて今よりいい状況をつくりたい、あるいは、現状への危機感かもしれません。なんとかしたい!という気持ちも伝わってきます。


実際これで物事が解決していったり、関係性が変わっていくこともあると思います、自分にも多くの経験があります。ある程度基盤の関係性がある場合や、複雑な問題でなければ十分かもしれません。

ただし、企業や組織などをはじめとした役割の違う、様々な利害関係者の集団では「腹割って話そう」というのは、時に機能しない、もっと言うとたちが悪いことがあります。


どんな時か?

それは、各人が同じ視点でものを見ていると思い込んでいるときです。
(みんな、見えているものが同じだと思っている!)

例えば会社で業績向上について話すとなった時に、こんな視点を各人が持っているとします。


役員:
「全社がグローバルな市場において通用するためのグローバルな人材の育成と新サービスの早期立ち上げが必須」

マネージャー:
「自分の部門のビジネスは国内マーケットで伸びる余地があるので、今今は国内営業の経験者を採用育成して売上拡大を目指す」

メンバー:
「景気の厳しい時こそ既存顧客に注力して現状維持することが先決」

いろいろな考えや立場の人たちがいるなか、例えばメンバーが「景気の厳しい時でもあるので現状維持がまず大事だと思います」なんて率直に言おうものなら、「グローバルな視点がないと駄目なんだ」とか言われてしまって2度と発言しなくなる。そんなこともあるかもしれません。


スタッフ ⇒ 「だから、言っても意味がない」

役員 ⇒ 「生き残りを考えているときになんなんだ」

マネージャー ⇒ 「とは言え目先の売り上げ向上には国内強化が必要」


極端な例ですが、同じ業績を向上しようという気持ちに変わりはなくても、見ている視点が違うので腹を割れば割るほど平行線の可能性もあります。実際企業で全員が同じ視点を持っているなんてことはほとんどないと思います。

誰かが悪いわけではなく、この「腹を割る」にはルールや視点を合わせるための器作りが必要です。

・そもそも、何のために腹を割って話すのか?(共通の目的は何か?)
・評価判断のない安全な場なのか(腹割ったけどそのあとそれによる影響でないのか?)
・特定の個人の声という扱いではなく、このシステム(場)にある声だという認識。(全体としての問題として扱えるか)



事前に合意を持ち、さまざまな視点があることを歓迎する場作りや意識があって初めて「腹割って話す」ことが機能する状態になります。


私たちが行っている関係性や組織へのコーチング(システムコーチングと言います)は、こういった状況の解決にとても有効です。システムコーチはこの状況を設定することで本音を話せる「器」になることが大きなミッションといえます。

複雑な問題が関係性にあるときには「腹割って話そう」はとっても危険な側面もあるのです。

皆さんの腹割って話した経験にはどんなものがあるのでしょう?

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